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【太宰府】残っていないからこそ歴史のロマンを感じられる「大宰府政庁跡」

大宰府とは大和朝廷の時代に地方の外交や防衛などを統括するために作られた機関で、全国にいくつか存在していましたが、大宝律令が発令された際に残ったのは九州の大宰府だけとなりました。

その大宰府の跡地が太宰府市にある大宰府政庁跡で、現在は国指定の特別史跡となっています。当時は西の都と呼ばれたほど大規模な計画都市だったと推察されている大宰府の中心的な施設です。

今回はその大宰府政庁跡を見に行って来ました。最寄り駅は西鉄都府楼前(とふろうまえ)駅。そこからバスで大宰府政庁跡に向かいます。

バスを降りるとまず見えてくるのが大宰府展示館です。発掘調査によって発見された遺構の一部分と、大宰府の歴史を紹介する資料が展示されています。中は撮影禁止なので、外側だけをご紹介します。

大宰府展示館

沿道に大宰師(だざいのそち)大伴旅人の句が刻まれた石碑がありました。碑の隣には原文と意訳、句が詠まれた背景などが書かれたプレートがあり、それによると都が懐かしくないかと従者に尋ねられた旅人が返した、大君の治める地ならばどこも同じと言った意味の句だそうです。

大宰府跡の石碑

そのプレートを過ぎると大宰府跡の石碑がありました。

大宰府跡の石碑

入り口からみるとこんな感じです。

大宰府跡

周囲は住宅地なのですが、門から見える方向には広大な敷地の向こう側に林と山々が見えるだけで、一歩足を踏み入れるとまるで当時にタイムスリップしたかのような、何となく空気が変わったような気がしました。

大宰府跡

建物は残っていなくても、広々とした敷地に当時の建築物の礎石が残されていて、ある程度の大きさがわかります。これは南門跡です。

南門跡

こちらは南門から少し入った所にある中門跡。こちらも大きい建造物だったことがわかります。

中門跡

延々と礎石が続く道のようなものは回廊跡です。この回廊が敷地の四辺に張り巡らされています。この回廊をどんな人たちが歩いたのか、想像を巡らせるのも楽しいです。

回廊跡

回廊の先には建物と思われる形に礎石が並んでいます。

礎石

一番奥に位置する都督府古址の碑まで来ました。ここには正殿が建っていたと見られます。

正殿跡

その後ろにつながっているのが後殿跡です。

後殿跡

石碑の方面から南門に向いてみました。こうして全体を見ると、この建築群がかなり大規模だったことが伺えます。

大宰府政庁跡

礎石の跡を見ているだけでこの上に柱が立ち、屋根がのって、門の形になって、当時の人々がそこを歩いている…と思わず想像が膨らんでしまいます。

建物などが残ってるわけではないので正直に言って退屈な所かと思っていましたが、遺跡全体を包む独特の空気は西の都と言われた古を想起させ、むしろ残っていないからこそ楽しい場所なのだと実感しました。みなさんもぜひ訪れて、思い思いの政庁跡を描いてみてください。